頑張らないご飯

仕事と育児をしながら作る簡単ご飯の記録。作るのも食べるのも大好き!でも時間がない。だいたい作業時間は40分。日々のかっこつけない献立と、他愛ない日常を書いたブログです。

ご報告①

先日ご報告しました通り、夫と別居することになりました。

時折このブログにも夫は登場しています。ちょいちょい愚痴も出てきましたが、文句を言い合いつつもなんやかんやでうまくやっている夫婦だと思っていませんでした?私もそれで行くつもりだったんですよ。

 

胸糞が悪い話です。なんか人の良くない話を聞くと落ち込んじゃう人はくるっとUターンをしていただいたほうがいいかもしれません。

いつもの呑気なブログ主がどうしちまったんだよ、気になる!の方は良かったら聞いてやってください。

ちょっと自分の気持ちを整理したいので長々と書きます。はてなブログ、記事ごとに公開範囲の設定できたらいいのにな。これは読者さんだけ、とかさ。内容が内容なので、しばらく公開したら下書きに戻すかもしれません。

 

ことの発端は、なんと。10年前。娘、1歳と数ヶ月。初めての子育てでいっぱいいっぱいでした。夫は娘をとっても可愛がっていました。でも、趣味のスポーツと仕事は自由にしていました。

仕事と趣味について、結婚生活13年の間で私は1度も「行かないで」と言ったことはありません。付き合っていた頃から、土日2人とも休みでも、どちらか1日しか会わない2人でした。私も1人の時間が大事だったし「大事な人の大事なものは、私も大事にする」という私の中の決まり事があったから。これは夫に限らず子どもや父母、友だちに対しても。でも相手にも同じことを求めるつもりはなくて、なんか自然に私の中で当たり前のこととしてあるものです。

夫は結婚しても、子どもが産まれても、自分の予定を入れる時に「○日に誘われたけど家族の予定はない?」と聞いてくれたことはなく、約束してきたことを事後報告。それも私が今度の土日は家にいるの?と聞いてから答える形です。だから、子どもの行事や私のはずせない用事はとても前から伝えて、絶対空けておいてと頼んでおきます。

なんか夫を悪く言ってる感じですがこれに関しては私のせいで、当たり前になってしまったと思います。自由でいいね、とは思うけど、私の性分的に子どものことはできる限り自分でしたかったから。

夫はとても社交的で、人当たりの良い人間です。「初対面が一番感じがいいよね」と揶揄される程。私より6つ年上ですが、年の割に若く見えて、ギャンブルもしない、酒は呑めない、たばこも吸えない、公務員。私の実家なんかは一族ほとんど自営業で苦労したことがある人ばかりなので「よ!まる子!ええ人つかまえて!」みたいな感じですよ。

そんな自由な夫、不自然だなと思うことが時々あったんです。こればっかりはうまく説明できない、俗に言う女の勘なんだろうか。ちょっとしたこと。「これお土産にもらったよ」とハワイアンクッキーの缶を持ち帰った時に「職場の同僚1人ずつにこんな大きな缶を渡すだろうか」とふと思ったり、「今日は実家で晩御飯食べるから先に寝てて」と言ってきた時も、夜泣きする娘と深夜に目覚め、お義母さんとこんな遅くまで話すんだろうかと感じたり。

小さなことが重なって、どうしても気になって。夫の携帯を見ました。当時はアンドロイドです。私と夫は同じ機種。女の人からのメールはない…ように見せかけて「履歴」という謎の記録機能のような物がついていたんですよね。夫はその機能を知らなかったようです。

…出るわ出るわ。女の人との仲睦まじいやりとり。この時は私も夫に少々不満はあっても、やっぱり好きだったし、とてもショックでした。もうダメだ。娘を連れて出て行こう。どこか冷静で、そのメールを自分の携帯で撮影しました。相手の連絡先も保存しました。最悪事態になっても、絶対に娘の親権は私がもらう。

一緒にいるのが嫌になって、実家の母に「週末、夫が出張だから泊めてね」と連絡しました。そのままズルズルいないといけなくなったら、本当の事情を説明しよう。でも、週末までもたずに夫が気づいてしまったんです。

夫の浮気の証拠メールを夫婦共用PCに保存していました。もちろん私のフォルダです。でも当時のPCの設定で、写真アルバムの中からランダムにフォルダを選んでスライドショーしてくれるという、謎の楽しい小窓がついていたんですよ。自分の送った甘い文言がスライドされる…実にシュール。後にこのスライドショーを見た時は吐き気がしたと言ってました。知らんがな。

急遽できた話し合いの場で記入済みの離婚届を出した私にギョッとして慌てていました。ただ、メールだけでは実際に何をしていたかまでははっきりと分からなかったんです。夫は「メールのやりとりを楽しんでいただけで、実際会ったりしていない」と言いました。私がどこまで知っているのか探って、知っている所までしか認めなかった。限りなく黒に近いグレー。私は黒だと思っていますけどね。

一生懸命謝ってくれたし、無職で小さい娘がいて、離婚は現実的ではなかった。夫はもうこんなことはしない。私はもう勝手に携帯を調べるようなことはしない。約束をして、やり直すことにしました。離婚届を片付けながら、最後に私はいいました。「次はないで」

怖。この言葉で呪いをかけたつもりでした。でも甘かった。少しの間私と気まずいというだけで、夫は何も失っていないんですよね。

 

この話し合いから数週間後、やっとギクシャクしなくなってから突然、私はゲーゲー吐いてぶっ倒れました(お食事中の方すみません)。何を食べても何を飲んでも全部吐いてしまう。最後は胃酸を撒き散らしました。もうグワングワン目が回って起き上がることができない。這いつくばって、娘が吐瀉物を踏まないように拭いては吐き、拭いては吐き。まだ喋れないけどこちらの言うことは全部分かってくれる娘に「お母さんの携帯とって」と頼んで、外出中の夫に電話をして戻ってもらい、救急診療につくまでに2回吐いて。マーライオン。どこを調べてもらっても正常でした。「ストレスとか精神的な疲れで三半規管に影響することがあります。」とのこと。吐き気どめやら点滴やらのおかげでやっと吐かなくなったものの、ベットから椅子に移動しようとしただけでまたひっくり返った私を見て「入院して様子をみましょう」と言ってもらったんですが「娘が小さいので」と断り、実家に帰りました。夫は私の母に「娘の世話を全部1人でやらせてしまったせいです、すいませんでした」と頭を下げたそうです。私には「この間のストレスのせいやな、自分のせいでごめんなさい」と謝りました。

実家で娘と2人世話になり、1週間ほどでようやく目眩が無くなり、アパートに戻りました。身体の不調はこりごりだけど、どれだけ私が辛かったか、きっと分かってくれたと思いました。だからこのことを蒸し返したことはありません。でも許したわけでも、忘れたわけでもありません。もう一度、やり直すと決めたからには言うべきではないと思ったから。でも時折釘を刺した方が良かったのかもしれない。笑い話に昇華するには辛かったし、自分も携帯を勝手に見てしまった引け目があったのかもしれません。夫ほどではないけども、私もルール違反してしまったから。

それから表面上はうまくやっていけていたと思います。家を建てて。息子も産まれて。仕事にも復帰して。幸せな家族に見える私たち。でも夫への気持ちは、愛とか尊敬とか、そんなものが段々と薄れて。「娘と息子の大事なお父さん」だから、私もそう接しなければ、という使命感のみで繋がっていました。もう首の皮1枚で繋がっっていた私の気持ちは、2021年の年末、ついに途絶えました。

10年前の話だけでこんなに長くなってしまいました。続きはまた。筆が乗ってるので明日更新できるかな。